山吹

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新型コロナウイルスによる感染拡大によりほとんどの祭やイベントが中止になり、緊急事態宣言解除後も密を避けるために、また準備不足などで秋までは中止の続く日々が続きそうです。

本ブログも一時中止していましたが、過去の祭やイベントを掲載することで気分だけでも東京の江戸情緒や楽しさを味わっていただけたらと思います。

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山吹の花は桜の散った後現れる印象がある。

山吹の写真

山吹

葉と花の色の取り合わせが見事で、個人的には好きな花である。

何より花の色を山吹色と呼ばれること自体が素晴らしい。
花の名前から取った色は多いが、二十四色のクレパス・クレヨンに入っている色は山吹くらいだ。

小学校の図工の時間、クレパスのなかで山吹色はかなり好きだった。
理由はわからない。
要は好きな色なわけで、近所の庭先に山吹が咲いているのを見つけると妙に心が穏やかでなくなるのはこの年になっても変わらない。
桜色、桃色、藍色などと並び和の色の代表選手と言っていい。

 

山吹といえばひとつ忘れてはいけないのが江戸城築城で有名な大田道灌の山吹伝説である。

道灌が父を訪ねて越生にやってきた際、雨が降り出したので、近くの農家に行って蓑を借りたいと申し出た。
対応に出た娘はいったん家に入ると出てきて山吹の花を一輪差し出した。

蓑を借りたいのに花を出すとは! と心中怒ったが、その話を家臣にすると、家臣はやや考えて、
「それは後拾遺和歌集にある兼明親王の歌 七重八重山は咲けども山吹は実の一つだになきぞ悲しき に掛けて、山間の茅葺屋根の貧しい家です。蓑ひとつも持ち合わせがございません。ということを奥ゆかしく答えたのでございます」
これを聞いた道灌は、おのれの不勉強を大いに恥じ、その後歌道に励んだという。

娘と道灌のやり取りがあった縁の地として、名を付けたとされる山吹町が新宿区にある。

 

う~ん、大田道灌は山吹を差し出した娘にその後陳謝なりお礼を何もしなかったのだろうか? 

伝説を思うたび気になるのだが。
教養ある貧しい娘にお詫びを兼ねて小判の二、三枚くらい…。
そういえば小判の隠語は山吹だ。
色が金に似ているからだが、私が山吹色を好きなのは決して金が好きだからではない。

そうそう落語にも「道灌」と題した演目があり、この山吹伝説を真似してお笑いにもっていっているが、山吹色に関するオチではない。念のため。

 

 ほろほろと山吹ちるか滝の音 芭蕉

 

山吹の写真